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モニタ

5年以上使っていたモニタがお亡くなりではないが、
お店に出向いた先安かったので買ってしまった残り一個だったし。

1920x1080 (フルHD)まで表示できるようになり
画面にゆとりができてよい感じ。

今まで1280x1024で作業してたときに
もうチョイ画面スペース欲しいなってのがあったんですよ。
解析とかしてるときとかそれはもう。
横スペースが増えたことでかなり満足。画面も綺麗文句なし。
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まぐれ=運

例えば、未来を予知できる人がいるとする。
実際にそんな能力が備わっていて、大地震の予知をあてたことがあるとする。

さて、そんな能力があるとして
たまたまそのときだけ鮮明に予知できた。
なんてことでは、意味が無いのだ。
能力がある人と無い人も大差ない。
不安定な力は、大して意味が無いのである。

大地震をあてるという例をあげたが、
何も力の無い人が、毎日「今日は大地震が来る」と思い、
毎日対策をばっちりとっていたとする。
その結果冷静な対応ができ、生き延びることができた。

では、例えば50%くらいの確立で予知できる人を想定する。
大地震が来る日を予知しその日まで対策してた場合
生き延びることは可能であろう。
では、予知できない状態で大地震が起きた場合は?
来る日を逃さずにあてれるってのなら話は別ですけどね。

不安定な要素に頼るってのはそういうことである。

やっぱり一番いいのは、常に最悪を想定して行動しておけば
どんな事にも大抵は対応できるようになるのであろう。

コンコンコンコンコン

家の何処からかたまに聞こえる音
家族は聞いたこと無いらしいんだが・・・
食事中にも聞こえたんだよな。
一体なんだろう。

小さいものには負けん

がたいがいいからって突っ込んできてるトラックがいるだろう。
本日、黄信号だったがスピードもでており後ろから来てるので通過した。
その後ろから明らかに赤のタイミングで車がきた。
この後ろからきたのはありえんだろうと思ってはいるが。

正面から右折しようとしている(こっち側に曲がる)トラックあり。
見通しがいいところなので、確実に自分の後ろの車が突っ込んでるのはみえてる。
クラクションならしてたしね。

クラクション鳴らすのはいいけど、あたりにいくかのように
突っ込みながら鳴らすってどうよ。
ぶつかってきても、トラック側は平気だ。避けないのが悪い。
と言わんばかりの運転。
我の進行を邪魔するなー。ってな。
こういった風に起こる事故って少なくないんだろうな。
以前にも、あたりそうなのにクラクション鳴らして
避けない奴いたし・・・腹立たしい。

ほんと、通行の空気読んでください。

ソースをよむにつれ

①プログラムの構造がよく理解できます。
②プログラムのミスがでてきます
③修正項目が増えていきます
④他のエラーでそれどころじゃなくなります

とりあえず、コードばっかりみて目が疲れた

主張

前を走るトラックにステッカーのようなものがつけてあった。

  ●●日本を変える
  ●●●管理委員会

崩れた文字でかろうじて読めたのが↑
・・・肝心なとこが読めません。

作り話

どっかに違和感が存在する。
それは作り話だから。
よく出来た様にみえても、うーむおしい。
それは本当なのかもしれないが、
実際にあったと仮定してあれはないだろう。
某TVをみての感想でした。
えぇただ私がそう思うだけです。

電車の中に蜂が居ます。

ちょっと大き目の蜂。
あなたの降りる駅までは6駅ほど。
時間にして30分。
乗客はわりと少なく、席に空席がかなり見られます。

さてこのような状況で蜂がいたらどうしますか。

①他の車両へ逃げる
②こちらに来ないことを祈ってそのまま座り続ける
③戦う


答えは③ですよね。
私は蜂が飛び回っているのが気にかかる。
他の乗客は追っ払う、または席を移動することで対応してたが
その時少し気にするだけで無視できるのがすごいと思う。
あの心構えは尊敬します。
そんな状況にイライラしていた今日の出来事。

私は・・・まずあたりを見回した。
道具「新聞紙」を見つけた。
さて、もう一度あたりを確認する。
振り回しても問題なさそうなくらいには席は空いている。
(最悪叩き落とした先に人が居ない程度。)

さて、奴がこちらに向かってきたときが私にスイッチをいれることになる。

10分が経過しただろうか。
身の危険を感じるとともにスイッチが入った。
私は誰かが置き忘れていった新聞紙を装備する。
(以下某RPGの戦闘曲でも脳内再生してください)

私は新聞紙を振った。
蜂に3のダメージ。
蜂はふらふらしている。

追い討ちと新聞紙をふる。
蜂に4のダメージ。
蜂は座席に落ちて這っている。
新聞紙は勢いあまって手から離れてしまった。
近くの席の男に1のダメージ。
「あ、すみません。」
急いで武器を回収に。

装備しなおした新聞紙で叩きつける。
蜂に7のダメージ。
ぴくぴくしている。

私は新聞紙をその上におき見なかったことにした。


――その隣の席の男が新聞紙を装備した
新聞紙を叩きつける。
蜂に10のダメージ。
その後、蜂の姿を見たものは誰もいなかった。

日本では夕食が一番豪華である。
一般的な認識と思ってるけど間違ってないよね。

だけどさ、夕食こそ一番少なくていいと思うんだ。
夕食食べてなにするよ。
TV、風呂、寝る程度じゃないだろうか。
これの何処にエネルギーを使うってんだ。

減ったエネルギーを補充するのではなく
使うためのエネルギーを補充するってのが
本来の食事の意味だと思うんだけどどうだろう。

幽霊は存在するのか?

夏ということで幽霊について考えてみる。
個人的には居て欲しいが、実際にみたことないからな。

いろいろな話を探していると明らかに嘘っぽいものと本当っぽいものがある。
それらを見分けることは非常に困難であるが・・・
身近にそういう人がいるとか、実際に体験しないことにはね。
一回出るといわれる某トンネルへ肝試しにいったが特に何も無かった。
居ると仮定して体質的に寄せ付けない人であるのかね。

本当にそういうのがあるのならば
もっと身近なところにあってもよさそうなものだが。
少し前では心霊番組で、肝試し的なのを良く見た頃もあったけど最近はないのかな?
TVは殆ど見なくなってしまったのでわからない。

居て欲しいっていう気持ちはありきたりな現実に、
非常識的なものがあったら面白いなぁと。退屈しなそうだし。

内容よりも体裁が重要か?

何か最近中身より外見なところが多くないですか?
ニュースでチラッと見たインフルについての話題。

「免疫の弱いお年寄りや子供にワクチンを!」
「感染を抑えるためにも若者にも必要だ!」

そりゃそうだ。全員に必要だろうよ。
一寸考えりゃ誰でも思うことだろう。

その他身の回りでも内容よりもやったという過程が必要だ。
てきなところがあるよ。
組織的なところではよくある事と個人的に思っている。

例えば軽いところで、集団生活の中の掃除とする。
大した掃除をするわけではないとして
例えば、箒を持ってその空間に居るということがひとつある。
雑巾を持って掃除に参加していた。

さて内容的に大したこと無いが
掃除に参加していた点ではがんばった人もそうでない人も
評価はほとんど変わらないのである。
汚れが目立たない箇所であれば尚更である。

それでもコツコツとやっている、実績のある人は違うかもしれない。

一生懸命やっている人が馬鹿を見る。悲しいことである。

手書き

字が下手なので手書きをしなくてはならないとき憂鬱だ。
読めればいいじゃないかというスタンスなので。
あぁそれにしてもかたっくるしいのは苦手なのである。
形式めいたものは本当に嫌だなぁ。

週末

最近曜日的感覚がなくっている。
連休のせいかリズムが崩れたせいか。
仕事で余計なものが増えたせいか。
面倒ごとはさけたいものです。

夜はすごしやすい

最近夜は良く冷えすごしやすくなってきた。
窓開けっ放しで寝てしまい、寒くて目が覚める。
風邪を引いてないのがなにより。
またインフルがはやってきてるみたいだけど
ウイルス自体が変化してたりするのかね。

目の上のたんこぶ

たまに変なところにぶつけるとものすごく痛い。
うっすらと腫れてきたが目立たなければいいな・・・

予言者

世の中には未来を言い当てる人がいる。
どこかの国では捜査に取り入れているところもあるとかないとか。

以前にTVであの事件を言い当てた。災害を予言したってあるけど
どれくらいの割合で起きるといって、どれくらい外してるんだろうね?
そりゃ毎日、今日は起きる。今日は起きる。
って言ってりゃいつかは起きるだろう。

5回発言したうち4回あたった。予言率80%!
なんて言われてもたまたまかもしれないし。
だいたい予言であたったっていうのは抽象的なもんが多いんだよ。
占いとかも一緒で。
なんらかこじつけられる出来事を当てはめようとする。

海外から日本のTVにでて超能力者だなんだのがでてきたりするが
なんだかんだ近そうな雰囲気をだして結局見つからないケースしか知らない。
解決したケースって存在するのだろうか。

まぁすべてを否定したいわけじゃないんですけどね。

フラグON

気づけば盆終わり

もっと休み中にやりたいことがあった気がする。
というかある。

パン

私は朝ごはんはパンではなくお米である。

先ほど「パン」って音がなってびっくりした。
お隣さんが花火をしていたようだ。
エアコンいれた直後に音がなったから
室外機でも爆発したかとあせったよ。

時代意識

今と昔じゃ状況が違うのだけれど。

本当の昔の時代では優秀な人材を育て上げるため、
国を鍛え上げるために子供を"育てる"ことを大切にしたのだろう。
過保護という意味ではなく鍛える点で。
もちろん家系を継ぐというのもあったろう。
今までの技術をより強化させるために。
子へと知識を与えていったものだと思う。
現代においてもそういう家系は僅かであるが残っているのだろうと思う。

さて現代ではどうだろう。
自由に育てる風潮とでもいうのだろうか。
子を育てるということは軽視されるようになったのではないだろうか。
育て方自体は千差万別なのであれこれいうことではないが。
日本人は○○が強い。優秀だ。
とか言われてる時代もそろそろ・・・と思ってしまう。

いやまぁ。自由に選べるのだからその意志が強ければ問題ないのだけれど。
国意識みたいのが薄れてるのってこういうところなのではないか。
伝統を大切にって言われるけど、本来大切にするものでなくて
当たり前のものとして、技術を引き継ぐものだろうね。
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